2024年の3月に和歌山市で開催した「第2回きのくに学生ドキュメンタリー映画祭」で、慶應大学の学生たちが制作した「あるけあるけ 浪江町、未来への歩み」がグランプリとなりました。この映画祭を主催している立場として、本当に素晴らしい作品を映画祭で上映できたこと、グランプリを授与できたこと、それが他の学生、また和歌山大学の学生たちにとってもとても良い刺激になり、うれしかったです。他の作品も本当に素晴らしかった。
「あるけあるけ 浪江町、未来への歩み」はその後も、「地方の時代」でも市民・学生・自治体部門奨励賞となり、そしてプロとの勝負となる、「東京ドキュメンタリー映画祭」にもノミネートするという快挙。グランプリとして、ある意味この映画を見出した身としてはうれしかった。
数日前から、なぜか「きのくに学生ドキュメンタリー映画祭」のサイトへのアクセス数が急上昇。何事か、と思ったら、どうやら東京ドキュメンタリー映画祭で鑑賞した、フリージャーナリストの方のXの投稿でバズっていたらしい。映像祭の作品紹介のところもキャプチャーされて貼られていたりした。ただ、そのジャーナリストも「ジジイの小言」と書いた後に綴られているが、本人は福島県の調査をずっと続けて来られた方で、もはやそれをライフワークとされている方。そして、彼を取り上げたドキュメンタリー映画が、同じく東京ドキュメンタリー映画祭にノミネート上映されていたので、思うところはあったのであろう。自身の信念と違う学生の作品について、自身の疑義を書かれていたのであろう。ギリギリの言葉のところで、あくまでも自身の考えということで書かれていた。が、それを引用して、映画も見ずに「あるけあるけ 浪江町、未来への歩み」について書く人々、中には慶應大学への否定的な発言までする、もはや誹謗中傷と言える発言もかなり多くあった。犬笛を聞いて、他人を攻撃する人たちが多数現れている。これは、度が過ぎている。
まず、この映画を見てから書いてほしい。もっというならば、この映画を見て、どうやったら、「いかにも慶應」とか「(映画は浪江町に起こったことを)すんだこと、無かったことにしている」という発言ができるだろう?
もう一度、映画のことを振り返る。
あるけあるけ 浪江町、未来への歩み
あらすじ
東日本大震災で甚大な被害を受けた福島県浪江町。2023年が終わり、2024年がやってくる年の変わり目をどのように過ごすのか。新しい年を迎えるこの時期だからこそ浮き彫りになる感情の数々。浪江町の今を追った。
これ以降、ネタバレがあります。
この作品は、おそらく「浪江町あるけあるけ 初日詣大会」の取材が当初の目的だった。そして、そこで神楽に参加する方々の取材を通じて、そのイベントを作品としてまとめるはずだった。そして、イベントが終了。おそらくそこからのカメラは作品のためではなく、自分たちの旅の思い出か、事後のエピローグとして使うために撮っていたのであろう。新年会で豪華な正月料理を映す映像。学生たちの歓声もあがる。そして、2024年1月1日16時10分。能登半島に大地震が起こり、大津波警報が出る。その模様をテレビで見ながら「本当にかわいそう」とつぶやく浪江の人。自身にその経験があるからこそ、他の地域の災害に対しても、自分のことのように心を痛める。とある神楽に関わる浪江町の住民。10年以上の避難生活があり、もう故郷に戻ることはないと言っていた彼が、移住者も増え、浪江の保存会に関わりながら、最後には再び故郷に戻る決意をする。
この映画はグランプリとなり、審査委員長の言葉は、この映画の中で数多くの奇跡が起こった、「ドキュメンタリーの神様が降りてきた作品」と評価しています。
本来は撮る予定がなかった、浪江町で他の地域の大津波警報が出ている情景を見る住民、を撮れたのです。日常から非常時へと空気が変わる瞬間を捉えています。授賞式でも受賞監督は「自分たちだけで撮ったわけではない」を強調していました。これは優れたドキュメンタリー作品の監督たちがいつも口にする言葉です。奇跡が降りた作品だったのです。
そして、X上では、こういう言葉も多かった。とある省庁からの補助金で撮っているから、原発の事故をあえて無視している。この映画の冒頭を見てください。日常に生きている人たちが、今も残るその事故の影響を語っています。声高に強調して伝えることではなく、日々、それと戦っている市井の人々の言葉を「あるけあるけ 浪江町、未来への歩み」は撮っている。それを見て観客は、今も残る事故の影響を肌で感じたはずです。
おそらく、心無い言葉で、監督たちは傷ついています。それは、無理解からくる、誹謗中傷です。そりゃ、監督たちも、十年に渡り取材してるジャーナリストほど、深い何かを見つけたわけではないでしょう。何十年も社会と闘っている人ほど、世の中の非条理を感じているわけではないでしょう。しかし、彼ら彼女らは、偶然でもあっても、決定的な瞬間に立ち会い、それをカメラに納め、彼ら彼女らなりの深い理解で、それを作品にしたのです。
「あるけあるけ 浪江町、未来への歩み」は本当に素晴らしい作品です。
執筆者プロフィール
木川剛志
日本国際観光映像祭総合ディレクター
和歌山大学観光学部教授
1995 年京都工芸繊維大学造形工学科入学。在学時よりアジアの建築、特にジェフリー・バワに興味を持ち、卒業後はスリランカの設計事務所に勤務する。2002 年UCL バートレット大学院修了。2012 年に福井市出身の俳優、津田寛治を監督として起用した映画「カタラズのまちで」のプロデューサーをつとめたことから映画製作に関わるようになる。監督として2017 年に短編映画「替わり目」が第9 回商店街映画祭グランプリ、2021年にドキュメンタリー映画「Yokosuka1953」が東京ドキュメンタリー映画祭長編部門グランプリを受賞し、同作品は2022年から全国公開中。観光映像では須藤カンジを監督に起用しプロデューサーと撮影をつとめた「Sound of Centro」がART&TUR 国際観光映像祭でポルトガル観光誘客(都市)部門最優秀作品賞。2019 年より日本国際観光映像祭実行委員会代表、総合ディレクターをつとめている。